ひろやす/伊藤(vnnc8158) 2010-08-07 16:11:59 |
pleiades/正村さん、こんにちは。
> 余部では蒸気時代には、意外とサイドから撮ったというのは少ないようです。 ですよね。 それだけに、当時からこの角度で撮られていたのかと驚きました。 その理由が > 海側から撮ると晴天時には逆光になるからだと思います。 というのは、なるほど・・・と思いました。 それでも列車本数が多いところであれば様々な角度から撮られるのでしょうが、1日2本位では敢えて逆光側へとはなかなか考えないでしょう。それだけに、新鮮な印象の一枚でした。 > 緩急車がないとC57・D51の重連だと言い張れるのですが。 そんなことを考えたらだめですよぉ〜(^^; 絶気運転のところだけに、そう言われたら素直に信じるでしょうが。 > C57はたぶん豊岡のC5795では無いかと思います。この時期のC57の廃車で該当が無く、後藤工場への入場だと思われます。C5795は集煙装置も重油タンクも装備せずかつ、デフレクタから煙突に繋がる弧状のつらら切りを装備していました。HPの写真ではよく分かりませんが、写っているC57は1次型でこの特徴を有しています。該当するのはC5795ではという答えになりました。 なるほど、豊岡の原型に近いカマですか。 工場への回送であれば、納得のいく姿ですね。 緩急車の存在も、回送であることが明確に判りますし。 伊藤 博康 |
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