ほりうち(ccbu8181) 2010-02-12 22:22:07 |
◎レイルジェットでバロックの都ウィーンへ 3日目、昼頃のRJ(レイルジェット)でウィーンへと向かいます。ペスト側にあるブダペスト東駅(Budapest-Keletipu Station)から乗車し、3時間ほどでウィーン・マイトリンク駅(Meidring Station)に到着です。RJ はオーストリ連邦鉄道が誇る高速列車です。座席は、1等(ファーストクラス)と2等(エコノミークラス)のほか、ワンランク上のサービスを誇るプレミアムクラスの3 クラス制を導入。エコノミークラスの車両には子供向けのスペースを確保しており、そこでは子供向けの映画も上演されます。車内にはビストロ車両が連結され、オーストリア料理や旬の料理を提供しているほか、コーヒーやスナック類を含めて販売していますので、ここで食べ物などを購入して座席で楽しむこともできます。また、車内ではワゴンサービスによるコーヒーなどの飲み物やスナック類の販売も行われます。 ハプスブルク家は約640年間に渡ってヨーロッパのほとんどの地域をその権力下に治めました。その首都であったウィーンには、ハプスブルク家ゆかりの建物が多く残されています。ルドルフ4 世が14 世紀に建立した、ウィーンのシンボルでもあるシュテファン大聖堂。その屋根にはモザイクでハプスブルク家の紋章が描かれています。アウグスティーナ教会はハプスブルク家代々の結婚式が執り行われ、ホーフブルク王宮は代々ハプスブルク家の皇帝家族が暮らした城です。国立オペラ座はかつては宮廷オペラ座でした。 また、マリア・テレジア(1717〜80年)の時代から王家の居城となったシェーンブルン宮殿は17世紀末、レオポルト1 世の夏の離宮として建設されたもので、18 世紀末に完成しました。マリア・テレジアが大好きだったという独特の黄色で塗られた壁と重厚なバロック建築の外観が印象的。豪華絢爛な内装を持つ1441 室の部屋はどれも個性的。「鏡の間」では、18 世紀にマリア・テレジアの末娘でフランス王ルイ16 世に嫁いだマリー・アントワネットと天才音楽家モーツアルトの出会いがあった部屋。さらに、19 世紀にはフランツ・ヨーゼフ1 世とバイエルン公女エリザベート(=シシー)の結婚祝賀舞踏会が開かれました。 |
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