ひろやす/伊藤(vnnc8158) 2009-03-16 18:11:14 |
非営利活動法人 名古屋レール・アーカイブス 2009年3月
http://nagoyarail-acv.or.jp/nra/ NRA NEWS No.5 愛知県下で馬車鉄道を運行したのは、明治32年(1898)に開業した岡崎馬車鉄道と明治41年に古井〜八事間を開業した愛知馬車鉄道(名鉄の前身と同名であるが別会社)の二つであった。 ここでは、岡崎馬車鉄道について記する。 岡崎馬車鉄道は、明治21年9月に開業した官設鉄道岡崎停車場が市街地から南へ約3.5km離れて設置されたことから、その不便を解消しようと地元の有志によって設立、開業した。 開業日について、『名鉄百年史』など多くの資料では明治32年1月1日としているが、和久田会員からご教示いただいた『帝国鉄道要鑑』第二版(明治36年発行)には、「開業年月日 三十一年十二月二十八日」と記されている。また、明治31年12月29日付の『扶桑新聞』には、前日の開業式の様子が掲載されていることから、12月28日を開業日として断定してもよかろう。ただ、28日は開業式のみを行い、正式営業は1月1日からであったという可能性も否めなく、もう少し検証する必要もあろうかと思う。 さて、このときの開業区間は、殿橋の南詰(明大寺町)から岡崎停車場までの3.3kmで、乙川(通称:菅生川)を殿橋で渡った北詰に至るのは、明治40年6月22日のことである。 この北詰の場所が、誤解を招くことになった。『名鉄百年史』では、この北詰の停留所名を「康 生町」としているが、これは間違いである。確かにこの場所は、康生町であるが、ここには車庫や本社があり、最初は岡崎市街への入口ということであろうか、「岡崎」と称した。その後「殿橋」となった。 大正元年(1911)9月に電車化されたが、区間は馬車時代同様、駅前〜殿橋間であった。この殿橋の駅の状況は、今回の『鉄道ピクトリアル』の名鉄特集に白土貞夫氏が絵葉書を紹介されている(p84)ので、ご覧いただければと思う。 問題の康生町の停留場が設置されたのは、大正12年9月に岡崎井田まで延長開業したときである。 上に掲げた絵葉書は松林より望む殿橋を題材としたもので、中ほどに橋を南から北へと渡る馬車鉄道を見てとれる。その先(左端)には、『写真が語る名鉄80年』の38掲載の車庫の建物があるのがわかる。 NRAの作業日・打ち合わせ日は、第2・第4日曜日午前10時からです。 ぜひ、ご参加ください。 NRA NEWS No.5 2009.3 編集及び発行 NPO法人名古屋レール・アーカイブス 〒453-0012 名古屋市中村区井深町1番1号 新名古屋センタービル 本陣街 B1224号 |
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