ひろやす/伊藤(vnnc8158) 2016-07-23 00:07:14 |
株式会社エリエイ
http://www.eriei.co.jp タイトル: THE rail No.99 発 行 日: 平成28/2016年7月21日 定 価: 本体3,600円+税 荷造送料450円 発 行: 株式会社エリエイ/プレス・アイゼンバーン U R L: http://www.etrain.jp/ e.mailでの問い合わせ先アドレスは info@eriei.co.jp 図書符号: ISBN978-4-87112-499-7 C1065 \3600E [スタッフ] 企画・編集 前里 孝 編 集 顧 問 寺田貞夫 発 行 平井憲太郎 写 真 補 正 脇 雅恵・秋山瑛美 デ ザ イ ン 前里規子 写真スキャニング 株式会社日報 印刷・製本 昭栄印刷株式会社 もくじ 9900・D50にまつわる謎 昭和10年前後 京阪神地区でのD50の活躍 米本義之 4 9900・D50にまつわる謎 新澤仁志 10 北海道のD50 米本義之/横 勝美 38 池田区のD60 横 勝美 41 冷水峠を軸として見る筑豊本線 田邊幸男 44 D50を偲んで 45年ぶりの筑豊本線訪問 蔵重信隆 50 公式写真に見る国鉄客車 第2回 解説:藤田吾郎 写真所蔵:レイル編集部 60 四ツ倉 夜行日帰りの旅 昭和38年9月28〜29日 風間克美 80 国重要文化財に指定された 230形233号蒸気機関車を観察する 前里 孝 88 弾丸列車 西 和之 94 ヤードマン 98 ヤードマン ■9900,そしてD50です.編集子の年代,しかも大阪の人間にとってこの機関車は,米原での交直流接続区間用と,筑豊での活躍を見るのが精一杯でした.米原は,昭和43/1968年10月のダイヤ改正で“日本海”が特急に格上げというニュースを聞いて“D50がブルー・トレインを牽くのか?”とほくそ笑んだものですが,実際には時を同じくしてDE10に置き替えられてしまい,それは中学生の儚い妄想に終わったのでした.デフなしのD50が20系客車を牽引した試運転の写真は,鉄道ピクトリアルだったかのニュース欄に掲載されましたが. ■今回,D50の謎に挑んで下さった新澤仁志さんは,実は現役のD50に触れることができなかった年代です.けれど,これまで発表されてきた“通説”に疑問を持ち,史資料での探索と検討,趣味の先輩からの聞き取り,保存機の実地踏査,そして再び史資料の読み直し…….趣昧活動の基本的な行動によって,真実に大きく近づくことができたのでした. ■D50が第一線の機関車だった頃や,北海道,筑豊での活躍振りは,米本義之さん,横 勝美さん,田邊幸男さん,蔵重信隆さんによるグラフでお目に掛けました.蔵重さんは,この春の,筑豊地区の様子もレポートしてくださっています. ■“公式写真に見る国鉄客車”の第2回目は,歴代の優等寝台車です.外観だけではなく,インテリアについてもたくさんのカットをお目に掛けました. ■日本製の機関車としては初めて,汽車会社製の230形233号が国重要文化財に指定されました.これを機に,手元の汽車会社撮影による新造時の写真をお目に掛けることにしました.そのために改めて勉強していたところで,第2動輪と従輪との間の軸距が,国鉄形式図と金田茂裕さん作成の図面とで異なっていることに気付いたのです. ■そこで文化庁に,指定に際しての資料の有無を問い合わせたところ,実測値を含む数値を記人した参考図面があるとのことで,特に提供を受けることができました.ここでも現車調査の大切さを実感させられることになったのでした. ■その230形の範となった,A8と呼ばれる一連の英国製機関車のうち,関東地方のベテランファンには馴染み深かったという,常磐線四ツ倉での600形の活躍の様子を,風間克美さんが寄せて下さいました. ■東京下関間弾丸列車のための“新幹線”用地は,一部は現実の新幹線建設に活用され,また一部は長らく未使用の国鉄用地として残りました.さすがに現在では未使用地の多くが払い下げられ,痕跡は極めて少なくなっていますが,西 和之さんが,地元岡山周辺での痕跡を探求されました. ■5月19日,安保彰夫さんが亡くなりました.レイルではNo.78で,復元されたC5345の美しい姿を披露してくださったのが記憶に新しいところです.昭和5/1930年のお生まれでした.心からご冥福をお祈りいたします. |
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