パシフィック(xndp5699) 2009-09-28 23:14:49 |
ひろやすさん、みなさん、こんばんは。 帰りの急行「かすが」に乗っていたのは、1978年ごろから1980年ごろのはずです。「平安」は往路はいいとしても、帰路は早くて使えなかったんじゃなかったかと。急行「しらはま」と併結でしたっけ??(←うろ覚え) この時代、京都に魅かれて頻繁に行ってますが、やはり新幹線に乗るほどの金はなし。もっぱら往路は日急バスでした。これがだいたい2時間半ぐらい。当時1200円か1400円ぐらいだったでしょうか? 国鉄は運賃だけでそのくらいだったはず。 時代は下がって、80年代初め、彼女との最初の京都デートは、急行券を奮発して(^^;「比叡」。これでも2時間ぐらいかかってたんじゃないかと思います。新幹線を使ったのは、その冬のことで、京都まで1時間ほどだったはず。雪が降ったとの朝のTVの情報に、7時過ぎの新幹線に乗れば、朝9時半ごろには大原まで行けてたのには、誰かがその頃の雑誌に書いていた、新幹線は”魔法の杖”というのを実感していました。 亀山、柘植経由で行くと、東海道経由よりキロ数が少なく、140キロを切るので、少しだけ安上がりでした。帰りの急行「かすが」も奈良から乗ると100kmを越えますが、柘植からなら100km未満なので、急行券も節約していたものです。また、東海道経由なら、大津で一旦降りて、乗車券を買いなおし、120円浮かせていたり(^^;、京都、木津を経由する一筆書き切符で乗ったり、と今と変わらないようです(笑)。 今ずっとつけている旅行記の始まりは、場所を限定したノートで、帰ってきてから2、3ページを書くにとどまっていましたが、その「京都ノート」を見てみると、往路は、 日急バス: 名古屋7:30→10:10京都 臨時特急バス:名古屋7:25→9:50京都 急行比叡: 名古屋7:30→9:30ごろ?京都 こだま: 名古屋8:08→9:10京都 ひかり43号: 名古屋7:48→8:45?京都 と、徐々にランクアップしていたようです(笑) |